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2011.08.12

強いちから ~春から真夏までを振り返る。

こんばんは。暑いですねー(もうそれしか言葉が出てこない)


どんなに暑かろうと、犬たちはベタベタ好き。

ポジジョンをゆるやかに取り合ってます。


masaにくっついて満足そうなシャビと、

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その様子を冷ややかな目で高い場所から見下ろす、
茶白の王様。


2011-8-5-28.jpg


わたしのハーフケットをずるずると抱え込んで寝るのがお気に入り。




前回の、ずいぶんとひさしぶりの記事に、
コメントやメールなどをたくさんいただいてありがとうございます。


「まーだー?」「まだなの?」とあちこちから続々と連絡が来るなか、
出産予定日超過、5日めです。


切迫早産の危険大のため、6月から自宅安静を言い渡され、
出かけるのもままならず過ごしていたのですが
いざ、「もう産まれても大丈夫!」と言われたら、赤ちゃんはその気をなくしたようで・・・

気まぐれでのんびりした子のようです
まぁ、そんなものですね。


一昨日の健診でも、‘まったく’子宮口が開いていないそうで、
明後日の日曜日までに陣痛が来なければ、月曜日の朝イチで入院することになっています。

子宮口が開いていない状態からの誘発分娩はかなりキツく、
時間もかかると聞いているので
できれば自然に陣痛が来てくれればいいなぁと階段昇降などがんばってます。

本当は、赤ちゃんが自分から生まれてくる気になるまで待ちたいけどね・・・


体重が増えすぎて(結局、+17kg・・階段昇降もドスドスと。
その音を聴いて、「何やってるのよっ」とばかりにハニョが怒って吠えます(笑)



産後はきっと、今よりさらに余裕がなくなると思うので
今のうちに、引越してからこれまでの日々を残しておこうと思います。

長くなりますので、さらさらと読んでいただければ。


おもちゃ争いはいつだってシャビが優勢。
2011-8-5-25.jpg




と、その前に。


年明けからこれまでいろいろと、預かりワンコたちの近況報告をいただいていて
うれしくて、その都度、記事にUPしよう!と思っていたものの、
ゆっくりと書く余裕もないままに、もう真夏(涙)

そのうち、しっかりと・・・(以下略)


ペロあらためルーちゃん家からはしょっちゅう連絡をいただいていて
とっても元気にしていますよー。

今週もお手紙と、写真がいっぱいのCD-ROMをいただいたばかり。


最近のルーちゃん。


被毛もずいぶん伸びて、優雅になりました。

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サングラス姿のルーちゃん(笑)

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溺愛してくれているお父さんと。

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ルーちゃんと出逢えた幸運を、ご家族は

「まるで宝くじの一等に当たったみたい」と話しているそうです。


ただただ、一日でも長くルーちゃんとの幸せな日々を過ごしてほしいと
願っています。



引越し前には「つばさ」にも会いに行ってきました。


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問題行動も多かったつばさだけれど、
トレーナーの先生の指導のもと、変化もたくさんあり、
東京都内のセレブ地区へお婿入りしました。

名前は「つばさ」のまま。

会った瞬間、抱きついて喜んでくれてうれしかったなぁ。

振り返れば大変なこともたくさんあったので
ありのままを愛してくれる家族が見つかって、本当によかった。



身動きがとれなくなってからも、ボランティアのお手伝いができないことが気にかかり、
「人手が足りなかったら預かれるので言ってください」と会の方に伝えていたのですが、
「絶対に無理しないほうがいい。ゆっくり休んで、余裕が出た頃にまたがんばってもらうから!」と
言っていただいていました。

それでも、気にかかってしまうのだけれど・・・
引越して広くなったので、預かれるスペースに余裕もできたし、
いつになるのか、また再開したいと思っています。

焦らず、慌てず、ライフワークとしてできることをやっていきたい。






さぁ、やっと本題へ―



春から夏にかけてのこと。


引越したのは4月のはじめでした。


何度めかのギックリ腰をやってから間もないmasaと、
妊娠6カ月のコンビが、犬2頭を連れての引越し。

今さらながら、なんて無謀なんだろう(笑)
ふたりとも、腰が痛い、お腹が重いとひぃふう言いながらの引越しになりました。


この頃はまだ震災の影響も色濃く、
3月に買った家具類の入荷が大幅に遅れたり、
配送業者の方がガソリンを確保できずにさらに時間がかかったり、
NTTの電話の工事も大幅に遅れ、家の電話やネットはGW明けにやっと通じました。

売り切れや買い占めで手に入らないものもたくさんあったけれど、
不思議と悲観的になることはありませんでした。


これは2年前の引越しの時の写真。
「お手伝いしましょうか?」の姿勢は2年経っても変わらず。


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都内の新築の(一応)デザイナー物件と言われるマンションから一転、

築30年以上の一戸建てへの引越し。 


masaのおじいちゃんが建てた家で、
masa自身も赤ちゃんの頃に住んでいた家とあって、愛着の深い家です。


しかし、年数を経て床は傾いているし、扉は自動的に閉まるし、
庭に虫はたくさんいるしで、ずっと集合住宅で暮らしてきたわたしは最初はビクビク・・・


年が明けてしばらくしてから、週末ごとに通い、
大工さんやmasa父に手伝ってもらって、あちこちリフォームしました。


壁紙や畳を剥がした状態。
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床や壁を張り替え、天井のペンキを塗り、

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フローリングの上には、
犬たちが走っても滑らないように、フロアシートを全面に敷いて・・・

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なんとかひと段落しました。



四足歩行の方においては、


協力する気など微塵もなく、飼い主のあとをついてまわり、


逐一ダンボールをチェックし、


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チェックだけじゃ飽き足らず・・・


重ねたダンボールの中から、お菓子や食べ物の入ったダンボールだけを破り、
食い散らかしたり(涙)


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これまた、2年前の引越しと同じことをやられてしまった・・。

ハニョの前にあっては、たった半日すらダンボールをそのままにしておけない!


隙間に挟まって猛反省中のハニョ。
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さらには、片づけをしていたら、そこにいたはずのハニョの姿が見当たらないので

「ハニョ~」と探していたら。


どこに乗ってんじゃ!!


2011-8-5-12.jpg


棚の上に、置物のごとく鎮座してました・・・

探しても見つからないはずだよ。


ハニョの奇行は相変わらずです。




ハニョ&シャビが新しい家に慣れてくれるか心配しましたが、
大きな窓から陽が射すのが気にいったようで、

よく窓から外を眺め、陽を浴びています。


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そんな2ワンの姿を見ていることが、幸せな気持ちにしてくれます。


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近所はまだ畑も多く、静かです。

長く都心部に住んでいたので、畑を眺めながら洗濯物を干す不思議。


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今ではこの牧歌的な景色にも、庭にチョウチョが入ってくるのも
すっかり見慣れました。

庭に出没するクモやとかげにもだいぶ慣れました・・・
いや、怖いけども。


前のマンションのように、いろいろと便利な機能などないけれど
自分の年齢に近い、年季の入った家に愛着が沸いてきたこの頃です。


ふたりとも通勤が遠くなったうえに、
「めちゃ混む」と名高い路線の通勤ラッシュに揉まれるのはちょっとつらいけど。

妊婦の身体では、休みに入るまではかなりキツかったです。


しょっちゅう絡み合って遊ぶ2ワン。
2011-8-5-18.jpg



想像はしていたけれど、
ゆったりとハーブティなど飲み、お腹を撫でながら音楽を聴いて過ごす・・・なんて
素敵なマタニティライフとは程遠く、

仕事の引継ぎに追われ、引越し後の片付けに追われ、
通勤でへとへとになり、帰ってからは家事と犬の世話・・・と、

精魂尽き果てそうな妊婦生活を送っていました。


でも、産休に入れば、ハニョ&シャビとしばらくずっと一緒にいられる!

それが楽しみで仕方なくて、
その想いだけで過ごしていたような気がします。


2011-8-5-19.jpg



周囲から「赤ちゃんは順調?」と聞かれれば、

「おかげさまで順調です」 と答えていたけれど、

実際には、ここまで安定期などあったのだろうかと思うような日々だったなぁと

今にして冷静に振り返ることができます。



妊娠初期の12月は、
預かりワンコのお世話やトライアルお届けやらの中、つわりの真っ最中。


重ねて、盲腸になってしまい、何度も病院へ。
「次に腫れたらもう手術しかない」と言われ、
手術や投薬が赤ちゃんにどう響くのか考えると、不安で落ち着かない日々でした。


そうこうする間も1~2月は会社の移転で非常に忙しく、
疲れで免疫力が下がったところに菌が入って顔がパンパンに腫れてしまいました。


2月。妊娠4カ月で、大学病院の口腔外科にて緊急のオペ。
今思い出しても震えそうな、ほとんど麻酔を使わなかったオペ・・・。


3月、震災。
激しく嘔吐し、その後も余震で吐いたり、お腹が強く張ったり。


4月、妊娠6カ月で引越し。
同時に、転院先の産婦人科で前置胎盤(本当は子宮の上部にあるはずの胎盤が
子宮口付近にあること。大量出血などの危険)

と言われ、「あまり動かず安静に」の指示。


5月、妊娠7カ月。
前置胎盤⇒低置胎盤になったものの、今度は逆子に。


6月、妊娠8カ月。切迫早産で急きょ、自宅安静に。

すでに赤ちゃんがおりてきていて、切迫早産になりかけていると言われる。
即、薬をのみながらの自宅安静の指示。


産休まであと2週間で、引き継ぎも大詰めだったので、
なんとかやり遂げたい・・と思ったものの、
いつもは温厚な優しい先生にキツク言われ、目が覚めました。

「お腹の命と仕事と、どちらが大切かというそれだけの話。
赤ちゃんがダメになってしまって泣いても会社は責任などとってくれない」 と。


少し早まったけれど、
6月からハニョ&シャビとずっと一緒の毎日がはじまりました。


特に最初は、ずっとくっつきっぱなしだったね。
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本当は産休に入ったら、マタニティヨガやスイミングも通いたいと思っていて、
友達と会う約束もたくさんしていたし、やりたいことがいっぱいあった。

胎教として良いことをやるかわりに、わたしにできそうなこと・・・と思って
春から児童文学の講座に通い、産まれてくる子供のために
何か物語を作ろうとハリきっていた。


それが何ひとつとしてできなくなり、

早産防止と貧血の薬の副作用で動悸・息切れ・吐き気や手の震えなどに苦しみ、
身体も心もつらくて、自分が自分じゃなくなるような気がしていました。


幸いセルフコントロールは得意なので、自分の中で消化して、

周囲に当たったり、感情の起伏が激しくなったりということはなかったけれど。


周りの方たちへの感謝はもちろんのこと、


心の支えになってくれたのはワンコたちでした。


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ハニョ&シャビがいなければ、

不安ばかりが続いた妊婦生活を笑って過ごせなかったかもしれない。


苦しいとき、不安なとき、
愛情あるこの眼差しにどれだけ助けられただろう・・・

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そして、書いただけでもこれだけのことがあったにも関わらず、

約10カ月もの間、お腹の中でがんばってくれた赤ちゃん。


「赤ちゃんを信じましょう」と、何人もの先生に言われたね。


一日も途切れることなく続いている強い胎動。

生きようとする力の強さに励まされ、奮い立たされた。


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わたし達の娘。 ハニョ&シャビの妹となる子に会えるまで、あと少し。


最後の大きな仕事をがんばってきます。


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2009.12.11

ふるえる手。


慌しい毎日。

仕事と家事と、犬の世話をすれば夜も遅く、
深夜になってから、テーブルへ向かう。


白い紙を前に、想いを巡らせる。

はじめは「やらない」と言っていた両親への手紙。
途中でやはり「やろう」ということになり、でもやっぱりやめようかとためらう。


もう挙式まで時間がなくて、あと3日を切った。
それなのに、手紙は白紙。

気がつけば、ペンを持つ手がふるえている。


ワンコたちは様子を伺い中。
091210-3.jpg




先日、母親から写真が届いた。

masaの友人がわたしとmasaの、プロフィール紹介DVDを作ってくれたのだけれど
写真を選ぶ段階で、わたしの子供時代の写真が足りなかったため、
母が保管していたわずかな写真を送ってくれた。

以前の記事に書いたように、子供の頃の写真は非常に少なく、
9歳からあとは、ほとんどない。


母が持っていた写真を眺める。

多くの写真が処分される前に、わたしがこっそり自分でアルバムを作ったように
母も数枚の写真を持ち出していたのだと知って、胸が熱く、痛くなった。

結局やっぱり、9歳以上の写真はなくて、
わたしの部分のプロフィールDVDは、9歳からいきなり二十歳になる。
でもそれはしょうがない。 ない袖は振れない。


たった9歳であっても、人は思い出を残そうとするんだな。

こっそりアルバムを作っていた時、悲しくてこわかった。
自分がこの先、どこで誰と暮らしていくのかもわからなかったから。

アルバムなんて作ったところで、というあきらめもあった。
このアルバムを持っていけるのかという不安もあった。


人生に「もしも」はないけれど、もし一瞬でも戻れるなら
あの時の自分に言えるのに。

そんなに怖がらないで大丈夫。
今、手元に残そうとしている写真たちは、将来必ず役に立つのだと。
それは遠い将来、自分の結婚式に使う写真なのだから。





式の準備に対するやる気のなさと時間のなさに相反して、
友人たちは、「何かやらせて」と手作りのものを作ってくれた。

「よかったら作らせてよ」という言葉に、泣きたくなる気持ちを隠す。


女友達が作ってくれたプリザーブドフラワーのリース。

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結婚式には、父と母が来る。
兄と、姉も来る。

ふつうだったら当たり前なんだろう。

でもうちでは、当たり前じゃなくて
本当にみんなが来てくれるかどうかも確信がないまま、日々が過ぎていく。

そのことを考えるたび、息が苦しくなる。



この二十年で家族が顔を合わせたのはたった一度。

家で飼っていた犬が亡くなった時、亡骸に別れを言うために集まった。
ほんの十数分のことだった。

その時は、きっとこれを最後に、もう家族が会うことはないんだろうと思っていた。
実際、それから10年以上、一度も時間を共にしていない。
もうすでに、家族みんながそれぞれの人生を歩いている。


でも今回の結婚式。

両親のどちらかだけを招待することがどうしてもできなくて
できればどちらの親にも来てもらいたいと
masaや姉や、式場の担当者に相談した。


担当者の人は、「大丈夫ですよ、そうしましょう。」と言ってくれた。
それから、ひとつのエピソードも教えてくれた。

家庭の事情で、結婚式に招くことができなかったお父さんが
当日、披露宴会場の扉をほんの少し開いて、そっと娘さんの花嫁姿を見て帰ったと・・・


家族それぞれひとりひとりに招待状を書いた時も、手がふるえた。
一昨日、会場のくわしい地図を送った時も、手がふるえた。

そしてここ数日は、両親への手紙を前に、胸がふるえている。


いつも通りのハニョ。
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masaは、父と母、それぞれに結婚の挨拶をしに行ってくれ、
masa家との両家の顔合わせも、父と母とそれぞれ二度行った。

その時も、今回の結婚式に父と母を招待するにあたっても、
深い理解を示してくれたmasaのご両親に感謝したい。



家族のテーブルは別々。
二十年の中でたった一度しか家族の会話はなかったのだから
きっと、ぎくしゃくしても見えるだろう。

それでもふたたび、全員の姿が見られるとは思わなかった。

そして、それと同時に、
今回の結婚式が、家族が揃う姿を見る最後の機会でもある。


家族が顔を合わせる最後の日が、
自分の祝いのためだということを幸せに感じよう。

この先、その日のことを何十回となく思い出すために、
しっかり見ていようと、心に言い聞かせる。


masaのお母さんが作ってくれた、
ハニョ&シャビが指輪を運ぶためのリングピロー。

DSCF2103.jpg



白紙のままの、両親への手紙。

何を言えば伝わるんだろう。

どんな言葉であれば、想いは届くのだろう。



お母さん。

わたしが結婚することで、一生分のプレゼントをもらったと言ってくれたお母さん。

仮死状態で生まれ、通常の1/6の遅さでしか成長できなかったわたしを
育ててくれた母。



お父さん。

阪神タイガースの優勝と、わたしの結婚が自分の夢だといつも言っていたお父さん。

阪神が常勝チームになってからずっと、気が重かったよ。
でも、masaが結婚の挨拶をした時の、今まで見たことがないようなやわらかい優しい表情を
生涯忘れることはないと思う。


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手のふるえでいつも思い出すのは、子供の頃の記憶。

雪の日に、雪遊びをした後で、ひとり先に家に帰ろうとしたら
手がかじかんで、鍵を差し込めなかった。
何度やってもうまくいかなくて、寒くて家に入りたいのに入れなくて。

ほとんど泣いて兄のもとに駆けつけると、
兄は自分の手袋を外してわたしの小さな両手を包み、
はぁーと息をかけてあたためてくれた。

何度も、何度も。
自分の手が冷たくなっていくのもかまわずに。


手のふるえは止まり、わたしは泣きやんだ。


そのやわらかな感覚は、
記憶の奥底から時折、今でもわたしの心をあたためる。




2009.10.22

犬と暮らすということ。

10月のはじめの日に、姉宅に4頭いた犬のうち、
一番はじめに迎えた犬の「あみ」  愛称「あーちゃん」が天へと昇った。

16歳だった。


「あみ」は、姉が20歳で初めて迎えた犬。

千葉にいた頃はほとんど毎週のように姉宅で犬と遊んでいて、
一時期は一緒に暮らし、今も帰省のたびに顔を見に行っていたから
わたしにとっても姉の犬への思いは深く、喪失感に包まれる。

手前がヨークシャーテリアのあみ。 ダックス2頭は後から来たワンコ。
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老衰の白内障で、もう両目ともに見えなかったけれど、
それでも変わらず元気で
わたしが遊びに行くと気配で察して後をついて回った。
「ソファにあげて抱っこして」と足元でねだった。


16歳ともなると、「何かあった時にこわいので」と
トリミングを受け付けてくれるところも少なくて、
姉がシャンプー&カットしていたから、この頃はいつも不揃いの毛でぼさぼさだった。

でもわたし達には、それがたまらなく可愛かった。

もう目が真っ白の「あみ」と、手前のワイヤーダックスの「たいち」yuuami-02.jpg


つい先日に会った時も、どこも変わらずに元気だったのに。

腰が痛くて起き上がれない、という仕草を見せて急に寝込み、
たった2日で逝ってしまった。



2年半前には、姉宅の二番目の犬、ダックスの「ゆう」が
3年間に渡る、がんとの壮絶な闘いの果てに天へ昇った。


12歳だった。

本当に美人で、甘え上手だったゆう。
ゆう-2


乳ガンの手術をした後に骨のガン、そして肺にも転移して
最後のほうは顔を少しあげるのが精一杯だった。


姉は、がんに効くと聞けばなんでも試し、病気に関する本を読み、
わたしは最新医療や痛みをとる治療を調べ、姉と逐一話した。

ゆうが痛みに苦しんだ夜は、姉は寝ずに付き添い、
痛み止めを打ちに病院へ通った。

最後の一年は、ほんとうに姉と何度も、何十回も
安楽死をさせるべきか話し合った。
死生観は人それぞれで、最期まで看取ると決める人もいれば
「楽にさせてあげたら。看る側だって大変でしょう」という人もいる。

ゆうの状態が変わるたびに、姉の頭には安楽死が浮かんだ。
それがゆうのためなのか、
もしかしたら苦しむ姿を自分が見たくないだけの逃げとなるのか、
もっとしてあげられることはなかったかと悔やむことはないか、
時には泣きながら、姉と何度も何度も話し合った。

「ゆうがどうして欲しいのか、わからないから」と姉は泣いた。


手術の後。豊かな毛を剃った。
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それでも決断しなかったのは、ゆうに喜ぶ感情が残っていて、
自ら食事を摂ろうとしていたから―。

誰かの姿を見ると、痛みを忘れたかのように喜んで起き上がろうともがき、
なんとかしてごはんを食べようとしたから―。

‘食欲がある限り、動物の本能として、生きようとしている。’

主治医の先生の言葉を、姉は選択した。



「さよならを言いに来て」と姉に言われて、最後にゆうに会った日曜日。
朦朧としながらも体を預けて甘えるゆうを膝に抱き、
「ありがとう」とたくさん言った。


姉は、「ゆうと一緒に写真を撮ってあげて」と言い、ゆうとわたしを撮った。
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またねと姉と言い合って、家を出て車のドアを開けようとすると
姉が玄関から大きな声で言った。

「やえ、ゆうのこと祈っててね。」

振り返って頷くと、

「違うよ、治るとか、そんなのを祈るんじゃないよ。
苦しまずに、ゆうがうまく逝けるように祈ってて。」

姉は穏やかな顔で言った。


「わかった。祈ってる。」と笑顔で言って車に乗り込み、
角のカーブを曲がったところで車を停めて、たまらずに泣き出した。

死を受け入れて看取ることの悲しさと潔さと、決意の固さ。
覚悟を決めるまでのつらく長い道のりを思うと
姉の前では泣くことはどうしてもできなかった。



そして、ゆうの最期の時―

とうとう食事が摂れなくなりスポイトで水を吸うようになってから
姉は連日徹夜をして、看取る覚悟をした。

その夜は、出張に出ていた旦那さんが帰ってきた日で、
姉のそばで、旦那さんはゆうの身体を抱いていた。
そして夜10時、明日も仕事があるから「もう寝るね」と
旦那さんがゆうの身体を撫でたその時に、心臓が停まった。

まるで、もうこの時以外はないというほどの逝き方だったという。
連日の徹夜で姉の身体も限界に近かったから、
これ以上徹夜をさせないように夜のうちに逝ったんじゃないかと思う。

姉は電話で泣きじゃくって、わたしもわんわん泣いて
でも「苦しまずに逝ってよかった」と
「ゆうが死んだことを悲しんでいるわけじゃない」と姉は言って
また、ふたりで泣いた。


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この頃思う。


「犬を飼う」というのは、趣味や嗜好ではなく、
「犬と暮らす」という、生き方のひとつなのだと。

犬を迎えるということは、犬と暮らすという生き方を選ぶことと同じなのだと。


きみたちと暮らす今。
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あみ。あーちゃん。

最期まで親思いの子だった。


急に起き上がれなくなってしまったあみを、
いよいよかもしれないと姉は不安に思い、しっかり看取ろうと覚悟して
介護と看病のためにパートの仕事を辞めると伝えに行くと言った朝、
静かに逝ってしまった。


たった二日で、苦しまずに腕の中で静かに。


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あみは誰よりも長く、姉の家族だった。
旦那さんと結婚するよりも前から、
今8歳と6歳になった子供たちの倍以上の時間、姉と一緒にいた。

16年間。 とてもとても長い時間。


まだ赤ちゃんだった子供が泣くと、あみはよくおろおろしながら寄り添った。

長男の甥っ子と、7歳のあみ。 3歳のダックス、たいち。
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ふだんはおとなしいのに
ふざけて姉を叩くふりをしただけで、姉をかばって鳴いたあみ。

気持ちが優しくて、いつもおもちゃを他のワンコにとられてばかりで
絶対に取り返さなかったあみ。

姉が入院した数日の間に下痢と嘔吐を繰り返して寝込み、
姉と会った瞬間に治った、あみ。


あーちゃん。

やっぱり犬のほうが先に逝くのが正しいんだよね。
だってあみは、姉と少しも離れていられなかったから
姉なしに生きていくのはつらすぎただろう。
見送るのが飼い主の役目なんだね。


まだ死というものがわからない甥っ子たちは
小さくなったお骨を見て、「死んじゃうってどういうこと?」と尋ねる。


「身体はなくなるけど、心だけそばにいることだよ。」


これ以外の答えが見つからない。


今、姉のそばにいる2頭。 もう14歳と13歳になった。
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あみ、16年間ありがとう。 -いつか必ずまた会おう。

それまで心だけ、いつも姉のそばにいてね。



きみたちへ。


走り回ったり、おいしそうに食べるのを見られるって
それだけで特別なことだよね。


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多くを望まないから・・・

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できる限りゆっくりと時を刻もう。


<by:Y>

2009.09.05

家族の肖像

9月に入ったとたんに夏の足音が一気に遠ざかり、
日一日と高くなる空に秋の気配を感じるこの頃 ―

夏の終わりには、なんとなくメランコリックな気持ちになるけれど
ワンコの皆さんは、過ぎ行く季節を惜しむ気持ちなどもちろん感じることなく
怠惰な眠りの中にいます。


090904-1.jpg


犬には「時間」という概念がないという。

犬は、過去でも未来でもなく、「今」この瞬間を生きる生き物だという。



masaの実家のリビングには、シャビ&ハニョの写真がある。
初めてmasa家にわたしとハニョが共に招かれた時に
masaのお父さんが、ソファに二頭を並べて撮った写真だ。

お父さんがそれをプリントアウトしてリビングに飾ったのだと
masaは恥ずかしそうに言っていた。

別の機会で、masaの弟も含めたmasa一家とわたしで食事をした際には
お父さんがふたたび、「せっかくだから写真を撮ろう」と言った。

そしてその写真も後日、シャビ&ハニョの写真と並べてリビングに飾られた。

家族の肖像に、ハニョやわたしが加わっていることがなんだか不思議だ。


090904-8.jpg



「家族の写真」というと、どうしても思い出すのは七五三。

7歳の七五三の時、町の商店街にある写真やさんで
家族写真を撮ったことを思い出す。

ピンクの着物を着て、髪は綺麗にまとめ、紅をさして。特別な日だった。
少し顎を引くように、とか、この角度で千歳飴を軽く持って、などと
写真やさんのおじさんの指示は細かくて、わたしは少し緊張していた。

その時に撮った家族写真がなぜか、
写真やさんの入り口にある、ガラスのショーケースに飾られていると
後日にクラスメイトが教えてくれた。 
写真やさんから許可の打診などなく、家族の誰もそのことを知らなかった。

男の子たちは商店街で写真やさんの前を通ると
「飾られてるぞ~」とからかった。
わたしはどこか恥ずかしい気持ちを隠せなくて
ショーケースの前を通る時に、こっそりと少しだけ家族の写真を眺めた。


その時は、それが最後の家族写真になるとは知らなかったから。


090904-4.jpg


それ以後の写真は、家族の誰の分も、ほとんど残っていない。
処分されたのもあれば、
その後に写真を撮ったことも、ほとんどなかった。

手元にある数少ない写真をかき集めて
泣きながらアルバムを作ったことを思い出す。 9歳か10歳だった。
隠れて抜き取った、両親の若い頃の1枚の写真は、
今も大切にとってある。

そのあと、だいぶ長い間に渡って、写真を撮られることが苦手になった。


今は犬の写真をたくさん撮ってる。
090904-12.jpg

思い出は蓄積されず、静かに散った。


でも、こうして時折、否応なしに去来する記憶に打ちのめされるかというと、
そうでもない。
事実は確かに力強いけれど、未来はそれよりもっと力強い。
人のせいにさえしなければ、人生はなんとか動いてゆく。


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家族写真。

犬連れで出かけると、撮るのは犬の写真ばかりで
飼い主と犬と、全員で一緒に写真を撮ることはなかなか難しい。


これまで、2人と2頭の写真は1枚しかなかった。

でも、先日の山中湖の旅行で、親切なスタッフがわたし達の写真を撮ってくれた。

これでみんなの写真が増えた。


090904-10.jpg



いっぱいいっぱい、一緒に写真を撮ろう。
これからいくらだって撮れる。


できればみんなで写真を撮ろう。
忘れたくない一瞬を焼き付けよう。

写真は記憶を守るだけではなく、

今この瞬間を記録するだけでもなく、

きっと未来へとつなげてくれるから。


090904-5.jpg


暗い記事に思えたらごめんなさい。(問題なく元気です!)
そろそろ山中湖旅行の記事も書くぞ~。

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<by:Y>
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