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2009.10.22

犬と暮らすということ。

10月のはじめの日に、姉宅に4頭いた犬のうち、
一番はじめに迎えた犬の「あみ」  愛称「あーちゃん」が天へと昇った。

16歳だった。


「あみ」は、姉が20歳で初めて迎えた犬。

千葉にいた頃はほとんど毎週のように姉宅で犬と遊んでいて、
一時期は一緒に暮らし、今も帰省のたびに顔を見に行っていたから
わたしにとっても姉の犬への思いは深く、喪失感に包まれる。

手前がヨークシャーテリアのあみ。 ダックス2頭は後から来たワンコ。
yuuami-07.jpg


老衰の白内障で、もう両目ともに見えなかったけれど、
それでも変わらず元気で
わたしが遊びに行くと気配で察して後をついて回った。
「ソファにあげて抱っこして」と足元でねだった。


16歳ともなると、「何かあった時にこわいので」と
トリミングを受け付けてくれるところも少なくて、
姉がシャンプー&カットしていたから、この頃はいつも不揃いの毛でぼさぼさだった。

でもわたし達には、それがたまらなく可愛かった。

もう目が真っ白の「あみ」と、手前のワイヤーダックスの「たいち」yuuami-02.jpg


つい先日に会った時も、どこも変わらずに元気だったのに。

腰が痛くて起き上がれない、という仕草を見せて急に寝込み、
たった2日で逝ってしまった。



2年半前には、姉宅の二番目の犬、ダックスの「ゆう」が
3年間に渡る、がんとの壮絶な闘いの果てに天へ昇った。


12歳だった。

本当に美人で、甘え上手だったゆう。
ゆう-2


乳ガンの手術をした後に骨のガン、そして肺にも転移して
最後のほうは顔を少しあげるのが精一杯だった。


姉は、がんに効くと聞けばなんでも試し、病気に関する本を読み、
わたしは最新医療や痛みをとる治療を調べ、姉と逐一話した。

ゆうが痛みに苦しんだ夜は、姉は寝ずに付き添い、
痛み止めを打ちに病院へ通った。

最後の一年は、ほんとうに姉と何度も、何十回も
安楽死をさせるべきか話し合った。
死生観は人それぞれで、最期まで看取ると決める人もいれば
「楽にさせてあげたら。看る側だって大変でしょう」という人もいる。

ゆうの状態が変わるたびに、姉の頭には安楽死が浮かんだ。
それがゆうのためなのか、
もしかしたら苦しむ姿を自分が見たくないだけの逃げとなるのか、
もっとしてあげられることはなかったかと悔やむことはないか、
時には泣きながら、姉と何度も何度も話し合った。

「ゆうがどうして欲しいのか、わからないから」と姉は泣いた。


手術の後。豊かな毛を剃った。
yuuami-04.jpg


それでも決断しなかったのは、ゆうに喜ぶ感情が残っていて、
自ら食事を摂ろうとしていたから―。

誰かの姿を見ると、痛みを忘れたかのように喜んで起き上がろうともがき、
なんとかしてごはんを食べようとしたから―。

‘食欲がある限り、動物の本能として、生きようとしている。’

主治医の先生の言葉を、姉は選択した。



「さよならを言いに来て」と姉に言われて、最後にゆうに会った日曜日。
朦朧としながらも体を預けて甘えるゆうを膝に抱き、
「ありがとう」とたくさん言った。


姉は、「ゆうと一緒に写真を撮ってあげて」と言い、ゆうとわたしを撮った。
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またねと姉と言い合って、家を出て車のドアを開けようとすると
姉が玄関から大きな声で言った。

「やえ、ゆうのこと祈っててね。」

振り返って頷くと、

「違うよ、治るとか、そんなのを祈るんじゃないよ。
苦しまずに、ゆうがうまく逝けるように祈ってて。」

姉は穏やかな顔で言った。


「わかった。祈ってる。」と笑顔で言って車に乗り込み、
角のカーブを曲がったところで車を停めて、たまらずに泣き出した。

死を受け入れて看取ることの悲しさと潔さと、決意の固さ。
覚悟を決めるまでのつらく長い道のりを思うと
姉の前では泣くことはどうしてもできなかった。



そして、ゆうの最期の時―

とうとう食事が摂れなくなりスポイトで水を吸うようになってから
姉は連日徹夜をして、看取る覚悟をした。

その夜は、出張に出ていた旦那さんが帰ってきた日で、
姉のそばで、旦那さんはゆうの身体を抱いていた。
そして夜10時、明日も仕事があるから「もう寝るね」と
旦那さんがゆうの身体を撫でたその時に、心臓が停まった。

まるで、もうこの時以外はないというほどの逝き方だったという。
連日の徹夜で姉の身体も限界に近かったから、
これ以上徹夜をさせないように夜のうちに逝ったんじゃないかと思う。

姉は電話で泣きじゃくって、わたしもわんわん泣いて
でも「苦しまずに逝ってよかった」と
「ゆうが死んだことを悲しんでいるわけじゃない」と姉は言って
また、ふたりで泣いた。


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この頃思う。


「犬を飼う」というのは、趣味や嗜好ではなく、
「犬と暮らす」という、生き方のひとつなのだと。

犬を迎えるということは、犬と暮らすという生き方を選ぶことと同じなのだと。


きみたちと暮らす今。
091021-02.jpg



あみ。あーちゃん。

最期まで親思いの子だった。


急に起き上がれなくなってしまったあみを、
いよいよかもしれないと姉は不安に思い、しっかり看取ろうと覚悟して
介護と看病のためにパートの仕事を辞めると伝えに行くと言った朝、
静かに逝ってしまった。


たった二日で、苦しまずに腕の中で静かに。


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あみは誰よりも長く、姉の家族だった。
旦那さんと結婚するよりも前から、
今8歳と6歳になった子供たちの倍以上の時間、姉と一緒にいた。

16年間。 とてもとても長い時間。


まだ赤ちゃんだった子供が泣くと、あみはよくおろおろしながら寄り添った。

長男の甥っ子と、7歳のあみ。 3歳のダックス、たいち。
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ふだんはおとなしいのに
ふざけて姉を叩くふりをしただけで、姉をかばって鳴いたあみ。

気持ちが優しくて、いつもおもちゃを他のワンコにとられてばかりで
絶対に取り返さなかったあみ。

姉が入院した数日の間に下痢と嘔吐を繰り返して寝込み、
姉と会った瞬間に治った、あみ。


あーちゃん。

やっぱり犬のほうが先に逝くのが正しいんだよね。
だってあみは、姉と少しも離れていられなかったから
姉なしに生きていくのはつらすぎただろう。
見送るのが飼い主の役目なんだね。


まだ死というものがわからない甥っ子たちは
小さくなったお骨を見て、「死んじゃうってどういうこと?」と尋ねる。


「身体はなくなるけど、心だけそばにいることだよ。」


これ以外の答えが見つからない。


今、姉のそばにいる2頭。 もう14歳と13歳になった。
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あみ、16年間ありがとう。 -いつか必ずまた会おう。

それまで心だけ、いつも姉のそばにいてね。



きみたちへ。


走り回ったり、おいしそうに食べるのを見られるって
それだけで特別なことだよね。


091021-06.jpg


多くを望まないから・・・

091021-01.jpg


できる限りゆっくりと時を刻もう。


<by:Y>

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