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2009.12.11

ふるえる手。


慌しい毎日。

仕事と家事と、犬の世話をすれば夜も遅く、
深夜になってから、テーブルへ向かう。


白い紙を前に、想いを巡らせる。

はじめは「やらない」と言っていた両親への手紙。
途中でやはり「やろう」ということになり、でもやっぱりやめようかとためらう。


もう挙式まで時間がなくて、あと3日を切った。
それなのに、手紙は白紙。

気がつけば、ペンを持つ手がふるえている。


ワンコたちは様子を伺い中。
091210-3.jpg




先日、母親から写真が届いた。

masaの友人がわたしとmasaの、プロフィール紹介DVDを作ってくれたのだけれど
写真を選ぶ段階で、わたしの子供時代の写真が足りなかったため、
母が保管していたわずかな写真を送ってくれた。

以前の記事に書いたように、子供の頃の写真は非常に少なく、
9歳からあとは、ほとんどない。


母が持っていた写真を眺める。

多くの写真が処分される前に、わたしがこっそり自分でアルバムを作ったように
母も数枚の写真を持ち出していたのだと知って、胸が熱く、痛くなった。

結局やっぱり、9歳以上の写真はなくて、
わたしの部分のプロフィールDVDは、9歳からいきなり二十歳になる。
でもそれはしょうがない。 ない袖は振れない。


たった9歳であっても、人は思い出を残そうとするんだな。

こっそりアルバムを作っていた時、悲しくてこわかった。
自分がこの先、どこで誰と暮らしていくのかもわからなかったから。

アルバムなんて作ったところで、というあきらめもあった。
このアルバムを持っていけるのかという不安もあった。


人生に「もしも」はないけれど、もし一瞬でも戻れるなら
あの時の自分に言えるのに。

そんなに怖がらないで大丈夫。
今、手元に残そうとしている写真たちは、将来必ず役に立つのだと。
それは遠い将来、自分の結婚式に使う写真なのだから。





式の準備に対するやる気のなさと時間のなさに相反して、
友人たちは、「何かやらせて」と手作りのものを作ってくれた。

「よかったら作らせてよ」という言葉に、泣きたくなる気持ちを隠す。


女友達が作ってくれたプリザーブドフラワーのリース。

091206_185330.jpg



結婚式には、父と母が来る。
兄と、姉も来る。

ふつうだったら当たり前なんだろう。

でもうちでは、当たり前じゃなくて
本当にみんなが来てくれるかどうかも確信がないまま、日々が過ぎていく。

そのことを考えるたび、息が苦しくなる。



この二十年で家族が顔を合わせたのはたった一度。

家で飼っていた犬が亡くなった時、亡骸に別れを言うために集まった。
ほんの十数分のことだった。

その時は、きっとこれを最後に、もう家族が会うことはないんだろうと思っていた。
実際、それから10年以上、一度も時間を共にしていない。
もうすでに、家族みんながそれぞれの人生を歩いている。


でも今回の結婚式。

両親のどちらかだけを招待することがどうしてもできなくて
できればどちらの親にも来てもらいたいと
masaや姉や、式場の担当者に相談した。


担当者の人は、「大丈夫ですよ、そうしましょう。」と言ってくれた。
それから、ひとつのエピソードも教えてくれた。

家庭の事情で、結婚式に招くことができなかったお父さんが
当日、披露宴会場の扉をほんの少し開いて、そっと娘さんの花嫁姿を見て帰ったと・・・


家族それぞれひとりひとりに招待状を書いた時も、手がふるえた。
一昨日、会場のくわしい地図を送った時も、手がふるえた。

そしてここ数日は、両親への手紙を前に、胸がふるえている。


いつも通りのハニョ。
091210-1.jpg



masaは、父と母、それぞれに結婚の挨拶をしに行ってくれ、
masa家との両家の顔合わせも、父と母とそれぞれ二度行った。

その時も、今回の結婚式に父と母を招待するにあたっても、
深い理解を示してくれたmasaのご両親に感謝したい。



家族のテーブルは別々。
二十年の中でたった一度しか家族の会話はなかったのだから
きっと、ぎくしゃくしても見えるだろう。

それでもふたたび、全員の姿が見られるとは思わなかった。

そして、それと同時に、
今回の結婚式が、家族が揃う姿を見る最後の機会でもある。


家族が顔を合わせる最後の日が、
自分の祝いのためだということを幸せに感じよう。

この先、その日のことを何十回となく思い出すために、
しっかり見ていようと、心に言い聞かせる。


masaのお母さんが作ってくれた、
ハニョ&シャビが指輪を運ぶためのリングピロー。

DSCF2103.jpg



白紙のままの、両親への手紙。

何を言えば伝わるんだろう。

どんな言葉であれば、想いは届くのだろう。



お母さん。

わたしが結婚することで、一生分のプレゼントをもらったと言ってくれたお母さん。

仮死状態で生まれ、通常の1/6の遅さでしか成長できなかったわたしを
育ててくれた母。



お父さん。

阪神タイガースの優勝と、わたしの結婚が自分の夢だといつも言っていたお父さん。

阪神が常勝チームになってからずっと、気が重かったよ。
でも、masaが結婚の挨拶をした時の、今まで見たことがないようなやわらかい優しい表情を
生涯忘れることはないと思う。


DSCF1654.jpg



手のふるえでいつも思い出すのは、子供の頃の記憶。

雪の日に、雪遊びをした後で、ひとり先に家に帰ろうとしたら
手がかじかんで、鍵を差し込めなかった。
何度やってもうまくいかなくて、寒くて家に入りたいのに入れなくて。

ほとんど泣いて兄のもとに駆けつけると、
兄は自分の手袋を外してわたしの小さな両手を包み、
はぁーと息をかけてあたためてくれた。

何度も、何度も。
自分の手が冷たくなっていくのもかまわずに。


手のふるえは止まり、わたしは泣きやんだ。


そのやわらかな感覚は、
記憶の奥底から時折、今でもわたしの心をあたためる。




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