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2011.09.01

産声の余韻。

今日から9月。

夏は苦手だというのに、
8月最後の日にはいつも、夏が終わってしまうような寂しさを感じます。


今年の夏はなおさら。


大きなお腹で通勤していたのも、
毎日、日に三度シャワーを浴びていたのも、

照りつけるような暑さの、終戦記念日の8月15日の朝に入院をしたのも、

娘の産声を聴いたのも、

もうだいぶ以前のことのよう。


退院してから一週間が経ちました。



ご報告が遅くなりましたが、

8月17日に、無事に子供が誕生しました。


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3182gの女の子でした。



携帯から、『つなビィ』につらつらと状況を書いていたのですが、
ずいぶんと多くの方が見ていてくださっていたようで
もうご承知の方のほうが多いとは思いますが・・・


出産までに三日かかり、最終的には帝王切開で産まれました。


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15日の朝一番で入院して、すぐに陣痛促進剤の点滴をはじめ、
陣痛がだんだん強まるものの、子宮口がなかなか開かず、

一日目の夕方に、
「陣痛も強まってるし、明日もう一日がんばってみよう」との
先生の言葉で、二日目へ。

二日目の陣痛はかなり強く、だんだんと会話もままならないくらいになりました。
一分おきの陣痛のときには、喰いしばった歯が割れるんじゃないかと思うほど・・・

陣痛の痛みはもちろんだけれど、
24時間通しの点滴と、分娩監視装置をお腹につけていたため、
身動きがとれない状態で痛みに耐えるのがとてもつらかったです。

さらには帝王切開の可能性が少なからずあったため、
二日目から絶食だったので、力も出ない、あえぐほど喉が渇いても、水すら飲めず。


点滴&絶食中・・・ 「ひと口でいいから水ください~」
2011-8-31-14_20110901203646.jpg



苦しくて、しかも痛いうえにお産が進んでいないというのに
なぜか冗談を言う余裕があって (まわりもだんだん心配していたし)

陣痛の合間には、

「もし帝王切開になるんだったら、盲腸も切ってもらわないと!」
なんて言ってました。

masaは先生に、「奥さんはすごく我慢強いね~」と言われていたようです。
実際のわたしは、指のささくれでさえメソメソするほど、痛みに弱いというのにね。


「これだけ強い陣痛が来ているのだから、あともう少し頑張ってみよう」と言われて、
新たに迎えた三日目。

分娩監視装置によると、子宮口全開でもおかしくないくらいの陣痛が来ているとのことで
先生も助産師さんも、もちろんわたしも期待しましたが、
結局、子宮口は開きませんでした。


「もう十分頑張った」となだめるように先生に言われて
帝王切開が決まったとき、
ここまで耐えたのにと残念で悲しくなったけれど、

もし赤ちゃんが、出たいのに出られなくて苦しい思いをしていたら、と考えたら
すぐに気持ちを切り替えられました。



麻酔は全身麻酔と腰椎麻酔があるそうなんですが
「ここまで頑張ったんだから産声を聴かないと」と先生に言われ、
意識の残る腰椎麻酔でした。

陣痛は続いていたので、同意書にサインをした字は震えたひどい字で、
腰椎麻酔を打つ際にも強い陣痛が来てしまい、
「動くと危ない」と言われて4人がかりで押さえつけられて、痛かった・・・(涙)


手術台の上で赤ちゃんの産声を聴いた瞬間、
ただ次から次へと涙があふれてきました。


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顔の横に連れてきてくれた赤ちゃんの顔は、涙でかすんでしまい、
先生や助産師さんからの労わりの言葉にお礼を言いたいのに、
声にもならなかった・・・


出産に立ち会うのを楽しみにしていたmasaは、
立ち会いができなくなって残念がっていましたが
産声は手術室の外まで聴こえたそうです。


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陣痛開始から54時間後の、対面でした。



産んだらほっとできる、と思っていたのに
産後は産後で体力の消耗も激しく、傷口も痛くて、これまたつらかった・・・

合計6日も同じ体勢でいたために筋肉はこわばってしまい、
腰から背中にかけては皮が剥けてしまってびっくり。


24時間点滴とカテーテルがとれる術後三日目には、母子同室でのお世話がはじまったため、
朝イチで痛み止めを打ってもらい、
やっと、やっと赤ちゃんを抱っこしました。


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入院している間に、ずいぶんと涙もろくなってしまったなぁ。



産まれたときには、どちらに似ているのかわからなかったのですが
どうやら娘はmasa似で確定のようです。


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顔立ちでわたしに似ているところがないねと周囲からは言われます(^^;


masaは、必死にわたしに似ているところを探していて、

「手の指と爪のかたちがやえにそっくりだ!」と・・・(笑)


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ハニョ&シャビは大興奮で新しい家族を迎え入れました。


しっぽは高速回転、赤ちゃんを見たくてにおいを嗅ぎたくて。


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互いにびっくりしないように、少しずつ慣らそうとしていましたが
その必要がないくらい、やさしい態度で接してくれます。


赤ちゃんのにおいを嗅いで、寄り添う2ワンの姿に胸が熱くなる。


赤ちゃんを寝かしつけた後は2ワンとベタベタ遊んで、を繰り返しているので
なかなか寝る時間がないけれど、
なるべくガマンさせないように、寂しい思いをさせないようにがんばらないと。


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長々と―読んでくださってありがとう。



最後に・・・


ずっと以前のブログには、よく本からの引用の言葉を書いていましたが、
久しぶりの引用を。

新しい命が誕生することに際しての、好きな言葉ふたつです。



『 わたし達は生まれてくるとき、大声で泣くでしょ。
  あとの人生は、この泣き声の 余韻でしかないの。 』


  ― フランソワーズ・サガン




『 こんにちは、赤ちゃん。地球へようこそ。
  この星は夏は暑くて、冬は寒い。
  この星はまんまるくて、濡れていて、人でいっぱいだ。

  なあ、赤ちゃん、きみたちがこの星で暮らせるのは長く見積もっても、
  せいぜい百年ぐらいさ。

  ただ僕の知っている規則が一つだけあるんだ。

  いいかい―  なんてったって、親切でなきゃいけないよ。 』


  ― カート・ヴォネガット
   「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」より




新しい家族が増えました。


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どうぞよろしくお願い致します。


2011.08.12

強いちから ~春から真夏までを振り返る。

こんばんは。暑いですねー(もうそれしか言葉が出てこない)


どんなに暑かろうと、犬たちはベタベタ好き。

ポジジョンをゆるやかに取り合ってます。


masaにくっついて満足そうなシャビと、

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その様子を冷ややかな目で高い場所から見下ろす、
茶白の王様。


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わたしのハーフケットをずるずると抱え込んで寝るのがお気に入り。




前回の、ずいぶんとひさしぶりの記事に、
コメントやメールなどをたくさんいただいてありがとうございます。


「まーだー?」「まだなの?」とあちこちから続々と連絡が来るなか、
出産予定日超過、5日めです。


切迫早産の危険大のため、6月から自宅安静を言い渡され、
出かけるのもままならず過ごしていたのですが
いざ、「もう産まれても大丈夫!」と言われたら、赤ちゃんはその気をなくしたようで・・・

気まぐれでのんびりした子のようです
まぁ、そんなものですね。


一昨日の健診でも、‘まったく’子宮口が開いていないそうで、
明後日の日曜日までに陣痛が来なければ、月曜日の朝イチで入院することになっています。

子宮口が開いていない状態からの誘発分娩はかなりキツく、
時間もかかると聞いているので
できれば自然に陣痛が来てくれればいいなぁと階段昇降などがんばってます。

本当は、赤ちゃんが自分から生まれてくる気になるまで待ちたいけどね・・・


体重が増えすぎて(結局、+17kg・・階段昇降もドスドスと。
その音を聴いて、「何やってるのよっ」とばかりにハニョが怒って吠えます(笑)



産後はきっと、今よりさらに余裕がなくなると思うので
今のうちに、引越してからこれまでの日々を残しておこうと思います。

長くなりますので、さらさらと読んでいただければ。


おもちゃ争いはいつだってシャビが優勢。
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と、その前に。


年明けからこれまでいろいろと、預かりワンコたちの近況報告をいただいていて
うれしくて、その都度、記事にUPしよう!と思っていたものの、
ゆっくりと書く余裕もないままに、もう真夏(涙)

そのうち、しっかりと・・・(以下略)


ペロあらためルーちゃん家からはしょっちゅう連絡をいただいていて
とっても元気にしていますよー。

今週もお手紙と、写真がいっぱいのCD-ROMをいただいたばかり。


最近のルーちゃん。


被毛もずいぶん伸びて、優雅になりました。

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サングラス姿のルーちゃん(笑)

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溺愛してくれているお父さんと。

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ルーちゃんと出逢えた幸運を、ご家族は

「まるで宝くじの一等に当たったみたい」と話しているそうです。


ただただ、一日でも長くルーちゃんとの幸せな日々を過ごしてほしいと
願っています。



引越し前には「つばさ」にも会いに行ってきました。


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問題行動も多かったつばさだけれど、
トレーナーの先生の指導のもと、変化もたくさんあり、
東京都内のセレブ地区へお婿入りしました。

名前は「つばさ」のまま。

会った瞬間、抱きついて喜んでくれてうれしかったなぁ。

振り返れば大変なこともたくさんあったので
ありのままを愛してくれる家族が見つかって、本当によかった。



身動きがとれなくなってからも、ボランティアのお手伝いができないことが気にかかり、
「人手が足りなかったら預かれるので言ってください」と会の方に伝えていたのですが、
「絶対に無理しないほうがいい。ゆっくり休んで、余裕が出た頃にまたがんばってもらうから!」と
言っていただいていました。

それでも、気にかかってしまうのだけれど・・・
引越して広くなったので、預かれるスペースに余裕もできたし、
いつになるのか、また再開したいと思っています。

焦らず、慌てず、ライフワークとしてできることをやっていきたい。






さぁ、やっと本題へ―



春から夏にかけてのこと。


引越したのは4月のはじめでした。


何度めかのギックリ腰をやってから間もないmasaと、
妊娠6カ月のコンビが、犬2頭を連れての引越し。

今さらながら、なんて無謀なんだろう(笑)
ふたりとも、腰が痛い、お腹が重いとひぃふう言いながらの引越しになりました。


この頃はまだ震災の影響も色濃く、
3月に買った家具類の入荷が大幅に遅れたり、
配送業者の方がガソリンを確保できずにさらに時間がかかったり、
NTTの電話の工事も大幅に遅れ、家の電話やネットはGW明けにやっと通じました。

売り切れや買い占めで手に入らないものもたくさんあったけれど、
不思議と悲観的になることはありませんでした。


これは2年前の引越しの時の写真。
「お手伝いしましょうか?」の姿勢は2年経っても変わらず。


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都内の新築の(一応)デザイナー物件と言われるマンションから一転、

築30年以上の一戸建てへの引越し。 


masaのおじいちゃんが建てた家で、
masa自身も赤ちゃんの頃に住んでいた家とあって、愛着の深い家です。


しかし、年数を経て床は傾いているし、扉は自動的に閉まるし、
庭に虫はたくさんいるしで、ずっと集合住宅で暮らしてきたわたしは最初はビクビク・・・


年が明けてしばらくしてから、週末ごとに通い、
大工さんやmasa父に手伝ってもらって、あちこちリフォームしました。


壁紙や畳を剥がした状態。
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床や壁を張り替え、天井のペンキを塗り、

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フローリングの上には、
犬たちが走っても滑らないように、フロアシートを全面に敷いて・・・

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なんとかひと段落しました。



四足歩行の方においては、


協力する気など微塵もなく、飼い主のあとをついてまわり、


逐一ダンボールをチェックし、


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チェックだけじゃ飽き足らず・・・


重ねたダンボールの中から、お菓子や食べ物の入ったダンボールだけを破り、
食い散らかしたり(涙)


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これまた、2年前の引越しと同じことをやられてしまった・・。

ハニョの前にあっては、たった半日すらダンボールをそのままにしておけない!


隙間に挟まって猛反省中のハニョ。
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さらには、片づけをしていたら、そこにいたはずのハニョの姿が見当たらないので

「ハニョ~」と探していたら。


どこに乗ってんじゃ!!


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棚の上に、置物のごとく鎮座してました・・・

探しても見つからないはずだよ。


ハニョの奇行は相変わらずです。




ハニョ&シャビが新しい家に慣れてくれるか心配しましたが、
大きな窓から陽が射すのが気にいったようで、

よく窓から外を眺め、陽を浴びています。


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そんな2ワンの姿を見ていることが、幸せな気持ちにしてくれます。


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近所はまだ畑も多く、静かです。

長く都心部に住んでいたので、畑を眺めながら洗濯物を干す不思議。


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今ではこの牧歌的な景色にも、庭にチョウチョが入ってくるのも
すっかり見慣れました。

庭に出没するクモやとかげにもだいぶ慣れました・・・
いや、怖いけども。


前のマンションのように、いろいろと便利な機能などないけれど
自分の年齢に近い、年季の入った家に愛着が沸いてきたこの頃です。


ふたりとも通勤が遠くなったうえに、
「めちゃ混む」と名高い路線の通勤ラッシュに揉まれるのはちょっとつらいけど。

妊婦の身体では、休みに入るまではかなりキツかったです。


しょっちゅう絡み合って遊ぶ2ワン。
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想像はしていたけれど、
ゆったりとハーブティなど飲み、お腹を撫でながら音楽を聴いて過ごす・・・なんて
素敵なマタニティライフとは程遠く、

仕事の引継ぎに追われ、引越し後の片付けに追われ、
通勤でへとへとになり、帰ってからは家事と犬の世話・・・と、

精魂尽き果てそうな妊婦生活を送っていました。


でも、産休に入れば、ハニョ&シャビとしばらくずっと一緒にいられる!

それが楽しみで仕方なくて、
その想いだけで過ごしていたような気がします。


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周囲から「赤ちゃんは順調?」と聞かれれば、

「おかげさまで順調です」 と答えていたけれど、

実際には、ここまで安定期などあったのだろうかと思うような日々だったなぁと

今にして冷静に振り返ることができます。



妊娠初期の12月は、
預かりワンコのお世話やトライアルお届けやらの中、つわりの真っ最中。


重ねて、盲腸になってしまい、何度も病院へ。
「次に腫れたらもう手術しかない」と言われ、
手術や投薬が赤ちゃんにどう響くのか考えると、不安で落ち着かない日々でした。


そうこうする間も1~2月は会社の移転で非常に忙しく、
疲れで免疫力が下がったところに菌が入って顔がパンパンに腫れてしまいました。


2月。妊娠4カ月で、大学病院の口腔外科にて緊急のオペ。
今思い出しても震えそうな、ほとんど麻酔を使わなかったオペ・・・。


3月、震災。
激しく嘔吐し、その後も余震で吐いたり、お腹が強く張ったり。


4月、妊娠6カ月で引越し。
同時に、転院先の産婦人科で前置胎盤(本当は子宮の上部にあるはずの胎盤が
子宮口付近にあること。大量出血などの危険)

と言われ、「あまり動かず安静に」の指示。


5月、妊娠7カ月。
前置胎盤⇒低置胎盤になったものの、今度は逆子に。


6月、妊娠8カ月。切迫早産で急きょ、自宅安静に。

すでに赤ちゃんがおりてきていて、切迫早産になりかけていると言われる。
即、薬をのみながらの自宅安静の指示。


産休まであと2週間で、引き継ぎも大詰めだったので、
なんとかやり遂げたい・・と思ったものの、
いつもは温厚な優しい先生にキツク言われ、目が覚めました。

「お腹の命と仕事と、どちらが大切かというそれだけの話。
赤ちゃんがダメになってしまって泣いても会社は責任などとってくれない」 と。


少し早まったけれど、
6月からハニョ&シャビとずっと一緒の毎日がはじまりました。


特に最初は、ずっとくっつきっぱなしだったね。
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本当は産休に入ったら、マタニティヨガやスイミングも通いたいと思っていて、
友達と会う約束もたくさんしていたし、やりたいことがいっぱいあった。

胎教として良いことをやるかわりに、わたしにできそうなこと・・・と思って
春から児童文学の講座に通い、産まれてくる子供のために
何か物語を作ろうとハリきっていた。


それが何ひとつとしてできなくなり、

早産防止と貧血の薬の副作用で動悸・息切れ・吐き気や手の震えなどに苦しみ、
身体も心もつらくて、自分が自分じゃなくなるような気がしていました。


幸いセルフコントロールは得意なので、自分の中で消化して、

周囲に当たったり、感情の起伏が激しくなったりということはなかったけれど。


周りの方たちへの感謝はもちろんのこと、


心の支えになってくれたのはワンコたちでした。


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ハニョ&シャビがいなければ、

不安ばかりが続いた妊婦生活を笑って過ごせなかったかもしれない。


苦しいとき、不安なとき、
愛情あるこの眼差しにどれだけ助けられただろう・・・

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そして、書いただけでもこれだけのことがあったにも関わらず、

約10カ月もの間、お腹の中でがんばってくれた赤ちゃん。


「赤ちゃんを信じましょう」と、何人もの先生に言われたね。


一日も途切れることなく続いている強い胎動。

生きようとする力の強さに励まされ、奮い立たされた。


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わたし達の娘。 ハニョ&シャビの妹となる子に会えるまで、あと少し。


最後の大きな仕事をがんばってきます。


2011.07.28

衝撃?・・・さよなら亜熱帯。

大変ご無沙汰しています。


4月の引越しのときからずっと、記事を書こうと思っていたのに

(毎度のことながら)いろいろとあって・・・

書こう、書きたいなーと思うまま、7月も終わりになってしまいました。


いつのまにか、梅雨も明けていた。



先月からこれまで、医師の指示で自宅安静が続いていて
薬の副作用なども強く、
身体的にも、精神的にもきつい毎日でしたが
それもそろそろ終わりそうです。


臨月も後半に入り、出産予定日の8月7日まで、
あと10日となりました。

未だに実感も、兆候もないけれど。


これまでの日々をざっとでも書こうと思ったのですが、
こんなにもひさしぶりだと、何から書けばいいのやら

まとまりがつかないので
書けたら、UPしたいと思います。



久しぶりに自分のブログにログインしてみて、
これだけ更新が滞っているにも関わらず、
未だにたくさんの方が見に来てくれていたことに驚き・・・

気ままに携帯から書いていた「つなビィ」にも、毎日たくさんアクセスをいただいて
わざわざ見て下さってありがとう。



ハニョ&シャビは、変わらずとても元気です。


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安静がはじまってから、ほとんど24時間一緒にいます。


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それにしても暑いですね。


築年数を重ねた戸建ては、風通しがいいのだけれど
気密性がないぶん、エアコンの効きが悪く、
春まで住んでいたマンションよりも、かなり暑さを感じます。


中でも、うちで一番の高温多湿地帯は・・・とても暑そう。


2011-7-28-1.jpg



そう、そこはまるで亜熱帯・・・。


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扇風機や保冷剤、ジェルマット、アルミマットを使っても、
暑そうに見える。


節電ムードも濃いこの夏。

本当は長い毛のほうが好きなんだけど・・・
切ったらどうなるのか、ハラハラしたけれど・・・

飼い主の好み云々よりも、
さすがにこれは厳しいだろうと、とうとう、とうとうやりました。



ハニョ、初のサマーカット!



シャビは去年と同様、若干長めのサマーカット。

耳もおかっぱ風に揃えてもらいました。

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シャビもともと被毛が短めで、伸びるのも遅いので
サマーカットがずいぶんと長持ち。


そしてハニョは・・・


なんとまぁ。


つるんつるん!!
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写真だと見えにくいですが、

尻尾と、前脚のプレスリー毛と、お腹のサイドの毛を少し残して
アメリカン・コッカーのような感じにしてもらいました。


どうでしょう? かなり涼しげじゃないかな。


呼ばれてもいないのに振り返る・・・
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おしりが大きいねぇ~。



すっきりしたので周囲からも評判がよく、
特にmasaは、「まるでパピイみたいだ!」と喜んでいます。


本人(犬)も以前よりずっと涼しそうだけれど、
いつものようにいじけ調子は変わらず。


2011-7-28-8.jpg


これでこの夏を乗り切ろう!


また近々更新できればいいなぁ。

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みなさんも夏バテに気をつけて、
すこしでも涼しい夏にしてくださいね。


2011.05.12

最上級の贈りもの。

もう4年前になろうとしている。


ハンニバルにはじめて会い、
両手の上に、ちいさくてあたたかな体を乗せたあの日。


人なつこいはずのキャバリアだというのに愛想もなく、
ただ、わたしの手のひらの上でじっとしていた。

尻尾を振り、甘えてくるほかの犬たちの中で
ひとりウトウトして、媚びもしなければ、甘えもしなかった不思議な仔犬。


なぜか、心は決まっていた。


それまで、顔を伏せたままろくにこちらを見なかった仔犬は、

家への帰り道の車の中で、突然にわたしの顔を見上げ、にっこりと笑った。


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まるで、こうなることを知っていたかのように。


今にして思えば、あのふてぶてしさは今に通じているよね・・・


膝のうえ争いに敗れると、あからさまに不満げな様子でくっつく。
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5月8日に、ハンニバルは4歳になりました。



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ふだんは、小賢しくて、ふてぶてしいハンニバル。


奇怪な行動は毎日のようにあるし、

いまだに「ぎゃ~~!」と悲鳴をあげさせられてる。


ユニクロの袋をとられたくなくて、マズルにひっかける…
2011-5-11-14.jpg



その反面、「まさかこんな犬がいるとは」と、出逢うまでは想像しなかったほど、

感情表現が豊かなハンニバル。



そして、愛情深く、時に勇敢なハンニバル。


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3年前のちょうど今ごろ。 


まだ1歳になったばかりの5月。


ハニョの耳の下に突然大きなしこりができて救急で病院へ行き、
同時に、てんかんと思われてる脳発作を起こして、
二度三度と救急病院のお世話になったことがありました。

原因不明のリンパ節の腫れと、それに続くてんかん発作。

あの頃は本当に毎日が暗く重く、ただ怖かった。


救急で病院に向かうタクシーの中で、ぐったりしたハニョを腕に抱きながら
どうなってしまうのか怖くておそろしくて、
わたしはひとり、ガタガタと震えていました。

動物病院では獣医師の方3名が同時に診てくれて、
どんな可能性があるか、真剣な表情で話し合ってくれました。


診察と検査の間、知らない大勢の人に囲まれ、身体を触られて
口を大きく開けさせられ、リンパ節の腫れの様子を見て、
血液を採り、喉の組織も摂って、注射をして・・・

とても怖かっただろうし、太い針を刺して痛かっただろうと思う。

それなのに君は鳴きも暴れもせず、前足の肉球にぎゅっと力を込めて
耳を伏せ、診察台の上でじっと耐えていた。


すぐそばでハニョを励ましながら、わたしもしっかりしなくてはと思っていたのに、

「ガンだとは思いたくないけれど、病理検査をしましょう」

と院長先生に言われた瞬間、

頭は真っ白になり、体内の血液が急激に下りてきて
歯の根が合わないほどに体中がガタガタと震え、涙があふれて
貧血と吐き気で立っていられなくなってしまいました。


「大丈夫ですか」と看護士さんに支えられ、椅子に座るように促された時、
診察台からわたしを見ていたハニョは、耳をつんざくほどの悲痛な声で鳴き、
診察台の上でもがき始めました。
先生たちの手を振り払ってこちらへ来ようと、必死になってもがいて、
息苦しくなるほどの悲鳴を上げて・・・


それを見た先生が口にした言葉。


「この子は、自分のことなら痛くても苦しくてもガマンできるんですよ。
でも、飼い主さんがつらそうにすることはガマンができないんですね。
強くて優しい子じゃないですか。一緒にがんばりましょう。」 


そのとおりだった。

自分は痛い思いをしているのに、じっとガマンして
わたしが泣き出したら、悲鳴を上げて慌ててこっちへ来ようとするなんて。

近寄って、「ごめんね、心配ないよ、大丈夫だよ。」と言うと、
両方の前脚をわたしの首にぎゅっとまわして、顔と顔をくっつけて
涙をただペロペロと舐めてくれた。


親類が亡くなって泣いたときも、

ペロの家族が決まって泣いたときも、

君は慌てて走ってきて、わたしにしがみついて頬を寄せ、
顔を舐めてくれた。


2007年8月、生後3か月。
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君を心配させないように、君よりも勇敢でいられるようにと努力をしても

きっと、まだまだ君にはかなわないよね。


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わたしにできるのは、

あなたが生きるちいさな世界を大切に大切にあたためること。


毎日、両腕でしっかりと抱きしめること。


折り重なって眠ること。


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あなたの好きなことが損なわれないように、努力し続けること。


かまってもらえない時には、人目を引くやり方を心得てるおそろしさ・・・
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ハンニバルに出逢ったあの日、
心の中にぽっと小さな灯火が点ったのを感じた。

心をあたためた小さな灯りはいつの間にか、
自分の行く道をあかるく照らす、大きな大きな灯りになっていた。

灯火は足元を照らし、さらには進むべき道を照らし、
まだ見ぬ未来までも照らしてくれている。


長い長い放浪の果てに
やっと巡りあった、わたしのたからもの。

その灯火を、大切に大切に守っていかなくてはと思います。


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これからもずっと、

小型犬らしからぬ力で羽交い締めにしてね。


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ハニョ、

お誕生日おめでとう。


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毎日毎日、たくさんの贈りものをありがとう。


2011.03.31

前へ。

今回の震災により、多くの方々が亡くなられたことに
深い哀悼の気持ちをささげます。

また、大切な存在を失ってしまった方々へ、心よりお悔やみ申し上げます。

被災された方々には、
一日でも早い復興と、心にあたたかさが戻られることを
祈ってやみません。




ブログ復活のつもりでいましたが、
震災の余波も大きく、
更新が滞ってしまい、ご心配をおかけしました。


きっと、すでにたくさんのブログで
被災地の動物救済のための情報を発信していると思いますが
こちらにも情報先を載せさせていただきます。


<震災における動物救援に関する情報はこちらから>

緊急災害時動物救援本部

社団法人 日本動物福祉協会

財団法人 日本動物愛護協会

社団法人 日本獣医師会 


東北地震犬猫レスキュー.com





うちとしては、微力ではありますが、
赤十字と緊急災害時動物救援本部に義援金を送りました。

まずは人間の救済、と思われる方もたくさんいらっしゃると思いますが
被災地の方々が大切にしていた動物たちを救うことは
その方々の心を救うことだとも思っています。


東京都の愛護センターでも震災後から、たくさんの犬が保護されました。
悲しい話ですが、飼い主による持ち込みも多いそうです。

首都圏の物資の不足、相次ぐ余震、放射線による汚染。
その不安からペットまでも手放すのでしょうか。

カヤの会でも、センターから保護犬を引き出そうという話になっているのに
ガソリンが不足していて迎えにいけない状況が続いています。


何ができるのか。 震災後からずっと考え続けています。

祈ることだけではなく、
小さいことでも、自分ができることをやっていかなければ。







近況報告としては、みんな元気です。


震災後の影響が大きい不慣れな生活の疲れと、非常に忙しいことが重なり、
また、報道で見るあまりの被害の大きさにショックを受け、
自分たちの身の回りの物資不足や水の汚染などを深く思い悩む余裕もないまま、
日々が過ぎてしまいました。


友人たちや、遠方に住む大切な人たちから、
「大丈夫なの」「モノは足りてるの」と連絡がくるたびに、
「身を心配する余裕もなかった」と言うと、呆れられますが・・・



シャビは相変わらず楽しそうです。

次にガソリンがいつ手に入るかわからなかったため、
ドッグランに行ったり遠出ができないことが、少々不満のようだったけれど。


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ハニョは、震災後しばらくは不安定で、
ふだんなら、出勤時にはおとなしく見送るのに
毎日、玄関まで後追いしながら激しく鳴いて、
帰宅時には抑制が効かないような喜び方をしていました。

仕事に行くときには、「もしまた大きな地震があって会えなくなったら」と思うと
心が引き裂かれそうになりましたが、
masaの会社が一週間自宅待機になったため、
安心して犬たちを任せられました。



今はハニョも元気です。

普通ならおかしいこんな脱力ポーズが、ハニョが元気である証拠です。


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平日は仕事へ、週末は引越し先の家の修繕で千葉へ赴き、
日曜日の夜に都内に帰って、月曜の朝からまた仕事という日々を送っています。


通勤状況は安定せず、運行本数が減っている上にダイヤの乱れも多く、
毎朝、毎晩、何本電車を待っても押しつぶされるほど混んでいます。

くわえて、会社では産休前の引継ぎ準備がはじまり、
ルーティンの仕事の合間に、後任の方への資料を作る毎日。
抱えている仕事量が多く、引継ぎに約3ヶ月かかるため、
すべて教え切れるのか、不安も感じています。


会社のビルは暖房を切っており、通路などもとても暗い状態。
足の先や指先も冷たくなるほどで、コートを着込んで仕事をしている人も多いです。
ハラマキして、ヒートテック着て、毛糸のパンツ穿いて
それでも手足が冷たくなるので、今は湯たんぽで足先をあたためながら仕事をしています。

仕事が終わってスーパーへ行けば、目につくのは空の棚ばかり。
パンも卵も牛乳も水も買えず。
それでも今は、肉や野菜が買えるようになっただけ、まだよくなりました。
食べられるものがあるだけ恵まれていて、
その日に手に入るものを食べればいいのだから。


帰宅して家事を終える頃には疲れがどっと出て、
体力的にも精神的にも毎日を過ごすのが精いっぱいでした。

ストレスがかからないわけがないけれど、
なるべく不安を感じすぎないように、気をつけています。

ニュースも必要以上には観ていません。
日々流される、不安をあおるようなニュースや、悲しいニュースばかり見ていると
希望を見出すことが、難しく思えてしまう時もあるから。



でも、みんな元気です。


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自分たちのことだけではない、

守るべき存在のためにも、しっかり気持ちを持たなければと思っています。


masaの話を聴く2頭。
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今回の震災後から、あちらでもこちらでも、
たくさん聞かれた言葉。


‘申し訳ない気持ちになる’


自分が大変でも、精神的につらくても、みんながみんな、
「自分よりもっと大変な人がいるから」
「こんなことでつらいと言ったら、被災地の方々に申し訳ない」 と言う。
遠方に住む友達からもそんなメールが来る。

自分がつらくとも、もっと大変な人の身を案じる-
これが、海外の人たちが感嘆する、日本人の素晴らしい資質なんだと思います。

でも、ガマンしすぎないでくださいね。

申し訳ないと思い続けて、つらい気持ちに覆われないように。
うれしいとか楽しいとか、喜びを「感じる心」までなくさないように。


わたしも、慌しく過ごしながら、
時々、突然にぽたぽたと涙を垂らしたくなり、
ただただ泣きたい気持ちになるときがありました。

でも、大変な状況にない自分が泣くのはおかしいと思って、自制していました。
もっとあかるい気持ちを持たなければ、と。



節電のため暖房をつけずに、毛布をかぶって本を読もうとすると、
慌てて走ってやってくるのは、「あっため隊」の方達。


久しぶりにゴルゴを読む。ハニョも愛読中。
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自然に力が抜けていきます。

今日できることを頑張り、でも、頑張りすぎずに、
毎日を大切に、力を抜いて過ごせたら。




とうとう引越しも来週末になりました。

震災の影響で引越し先の家の修繕をはじめるのが遅れたことに加え、
当初は簡単な修繕を行うはずだったのが、
床や壁を張替えたり、和室の畳をフローリングにしたりと、
ほとんどリフォームのようになっていて、未だに終わりません・・・
購入した家電や家具なども、震災の余波で生産が追いつかず遅れるとのこと。

ふたりとも通勤がだいぶ遠くなることや、
引越し先の下水から放射線の規定値を越えた水が検出されるなど、
不安や心配なことも色々とありますが、前向きに。


今度の家は、年代モノの味のある一軒家です。

以前からmasaと、
「古い一戸建てでハニョ&シャビと一緒に、気兼ねなく暮らしたいね」と
話していたので、ふたりとも楽しみにしています。
ハニョ&シャビにとっても、良い環境になります。


先週末と今週末のミッションとして、
和室以外の床の全面に、クッションフロアを敷いているところです。
ハニョ&シャビの足が滑ってケガをしないための対策。

この時期で業者さんが忙しく、日程の都合がつかなかったこともあって、
大工さんが必要なところを施工したあとは、
床や壁の張替えは、masaとmasa父がほとんどのところをやってくれています。


masaは、床張りが職人並みにうまくなってます。
がんばってください・・・。

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家の修繕の合間には、河原の土手を散歩。
シャビもハニョもすごくうれしそうです。

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引越しについては、落ち着いてからまた書けたらいいなぁ。
(と言いつつ書けずに終わるのが、このブログの常ですが)


2年前の引越しの時も大変だったなぁと、
ずいぶんと昔のことのように懐かしく思います。



久しぶりに記事を書いたというのに、明るい記事ではなく、
読んでくださった方をしんみりした気持ちにさせてしまったかもしれないので
最後はお決まりの、ハンコロジスタ容疑者の登場で締めたいと思います。



飼い主の手から梱包材を奪い、

引越しの手伝いを必死にがんばってます。


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ガムテープは顎を置くためのものじゃないんですが・・・


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ソファの背に乗ってガムテープを死守する、脅威のバランス感覚。


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クイックルワイパーのシートをくわえて逃げる。

掃除まで手伝ってくれようとしなくてもいいんだけどね・・・


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・・・とまぁ、こんな具合に、

飼い主の手を煩わせています。

でも、ふっと笑ってしまうこの一瞬に、今は助けられてる。




「夜明け前が一番暗い」 という言葉があります。


明日から4月です。桜も咲き始めました。

一日でも早く、被災地の方々をはじめ、みんなが安心できるように、

安全でゆるぎない世界が戻ってくるように、

少しずつがんばりましょう。



最後に、
大変なことがあったとき、心の糧にしている言葉のひとつを。


神秘的な宇宙が、悲しみを軸に回転するとは信じられない。

不思議な美しさを持つ世界は、どこかで純粋な喜びに支えられているに違いない。




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